インターネットにおけるデータ転送の世界では、「圧縮」は最も目立たないながらも、最も影響力の大きい要素の一つです。ユーザーはあまり意識しないかもしれませんが、ページの表示速度、API 応答の滑らかさ、そして帯域幅のコストは、この目に見えない処理に大きく左右されます。過去 20 年間、gzip は圧縮技術の「定番」として広く利用されてきました。シンプルで汎用性が高く、互換性にも優れています。しかし、リアルタイム応答、エッジ配信、グローバルアクセラレーションが強く求められる現代においては、その限界が見え始めています。具体的には、動的コンテンツに対する圧縮効率の低さや高い遅延、高負荷環境における CPU 使用率の高さ、そして JSON や Protobuf のような複雑なフォーマットに対する圧縮率の限定性などが挙げられます。

言い換えれば、gzip はかつては十分な性能を発揮していましたが、もはや高速とは言えません。このような背景から、OpenResty Edge は Zstandard(zstd)圧縮アルゴリズムを導入しました。Zstandard は Meta(Facebook)によってオープンソースとして公開された現代の高性能圧縮技術であり、同等の CPU 負荷でデータ量を大幅に削減することが可能です。究極の転送効率が求められるエッジアーキテクチャにとって、これは帯域幅の削減、応答速度の向上、そしてよりスムーズなグローバルアクセス体験をもたらします。この記事では、Zstandard がいかに「効率的な転送」を再定義するのか、そして OpenResty Edge でこの新機能を迅速に有効化し、圧縮性能を大幅に向上させる方法について解説します。

圧縮アルゴリズムの世代交代

過去 20 年間、gzip はインターネット転送における「デファクトスタンダード」でした。ウェブページの HTML から API 応答、ログストリームから設定ファイルに至るまで、それはほとんど至る所で使われていました。信頼性が高く、高い互換性を持っていた gzip ですが、ネットワークアーキテクチャとユーザーエクスペリエンスのニーズの変化に伴い、私たちは認めざるを得ません。gzip の時代は、徐々にその役目を終えつつあります。

  1. ネットワーク転送の「隠れたボトルネック」

ユーザーが世界中でコンテンツにアクセスする際、ページ ロード速度の 1 ミリ秒たりとも無駄にできません。キャッシュや CDN 層が絶えず最適化されていても、データ容量は依然として転送効率に最も直接的な影響を与える要素です。

  • エンドユーザーにとって:データ容量が小さいほど、ロードが速く、消費電力が抑えられます。
  • プラットフォーム運営者にとって:圧縮率が高いほど、帯域幅コストを削減でき、エッジノードのスループットも高まります。

gzip が過去に成功を収めたのは、まさに「バランス」の良さにありました。すなわち、十分な圧縮率と、許容範囲内の処理速度および計算オーバーヘッドです。しかし、このバランスは今日では制約となっています。現代のアプリケーションシナリオにおける負荷の様相は一変しました。

  • 動的応答の割合が上昇(API、GraphQL、リアルタイム ログストリーム)し、短命なデータを頻繁に圧縮する必要が生じています。
  • モバイル端末と IoT デバイスが急増し、ネットワークの変動が大きくなり、転送効率と解凍性能に対する要求がより高くなっています。
  • データ形式が多様化(JSON、Protobuf、Parquet…)し、gzip では一部の形式において圧縮効率が十分ではありません。

これらの変化は、圧縮アルゴリズムの役割を再検討する必要があることを示しています。それはもはや単なる「帯域幅を節約するツール」だけでなく、パフォーマンス最適化のプロセスにおいて、遅延とユーザーエクスペリエンスに直接影響する重要な要素となっているのです。

  1. 圧縮アルゴリズムが性能ボトルネックとなる場合

高並行処理のシナリオ、例えばCDNエッジでのリアルタイム圧縮応答では、gzip の CPU 使用率が潜在的なコストとなることがあります。以下のベンチマーク結果から、zstd が Brotli および gzip よりも著しく高速であることが明確に見て取れます。

スクリーンショット

スクリーンショット

例えば、同じ遅延予算の範囲内で考えると:

  • gzip では level=3 のデータしか圧縮できない場合があります。
  • 一方、Zstandard のような新世代アルゴリズムは、同程度の CPU 負荷でより小さく、より高速に圧縮できます。

これは、同じハードウェアリソースを活用して、システムがより多くのリクエストを処理し、トラフィックコストを削減し、平均応答遅延を低減できることを意味します。企業にとって、これは非常に明確な経済的メリットとなります。

  1. エッジコンピューティングにおける独自の課題

エッジコンピューティング環境では、各ノードがユーザーに可能な限り近い場所でトラフィックを処理します。そこでは、帯域幅リソースが限られ、CPU リソースの割り当てがひっ迫し、ノード数が膨大です。このような環境では、圧縮性能のわずか1%の最適化が、全体として顕著な利益につながる可能性があります。こうした背景から、ますます多くのクラウドベンダーやインフラプラットフォームが Zstandard(zstd)を導入し始めています。これは、現代の計算アーキテクチャ向けに開発された高性能圧縮アルゴリズムです。Zstandard は、圧縮率と速度において新たなバランス点を見出すだけでなく、さらに重要な点として、「圧縮」を性能最適化のための積極的な手段として再定義し、やむを得ないコストではなくしています。

Zstandard(zstd)とは

Zstandard、略称 zstd は、Meta(旧 Facebook)によって開発された汎用的なロスレス圧縮アルゴリズムです。その設計目標は非常に明確です。高い圧縮率を維持しながら、圧縮と解凍の速度を大幅に向上させること。アルゴリズムの観点から見ると、zstd は gzip や brotli の単なる小手先の修正ではなく、「圧縮性能の三角形」——圧縮率、速度、リソース消費の関係を根本的に再考しました。

  1. 「現代アーキテクチャ」における圧縮の考え方

従来の gzip が 1990 年代に設計された際、主に考慮されたのは、シングルスレッド CPU、低速なディスク I/O、限られたメモリといった環境でした。一方 zstd は、全く異なる時代を対象としています。

  • マルチコア CPU と SIM D命令セットが一般的になったこと
  • データ形式が高度に構造化されていること(JSON、Avro、Protobufなど)
  • ネットワーク I/O が性能ボトルネックとなること

このような背景のもと、zstd の主要な最適化目標は、圧縮を「リアルタイムで利用可能な」操作とすることであり、バックグラウンドタスクとしてではなく、即座に処理できるものとすることです。その圧縮モードは level 1 から 22 までのきめ細かな調整をサポートしており、

  • 低レベルはリアルタイムトラフィック(API レスポンス圧縮など)に適しています。
  • 高レベルはアーカイブやログストレージ(圧縮率は brotli を超えることも可能です)に利用できます。

これにより、zstd は「高性能なデータ転送」のツールとしても、「高密度なデータストレージ」の強力な手段としても活用できます。

  1. 技術的特徴一覧
特徴説明
高圧縮率多くのテストシナリオにおいて、gzip と比較して 10〜20% 高い圧縮率を実現し、同時に解凍速度も高速です。
超高速解凍性能zstd の解凍速度は brotli をはるかに上回り、高並行処理を要するオンラインサービスに最適です。
調整可能な圧縮レベル(1-22)CPU 使用率と圧縮率のバランスを柔軟に制御し、多様なビジネス負荷に対応します。
マルチスレッド最適化マルチコア圧縮をネイティブでサポートしており、Edge 環境で並列リソースを最大限に活用できます。
辞書モード(dictionary mode)構造が類似した小規模データ(API ペイロードなど)に対し、さらに 2〜5 倍の圧縮率向上が期待できます。

これらの特徴により、本技術は「転送効率」と「計算コスト」という、これまで両立が困難であった要素間の最適なバランス点を見出すことを可能にします。

OpenResty Edge で zstd が特に適している理由

Zstandard は単なるアルゴリズムの改善に留まらず、エッジアーキテクチャの特性にまさに合致した性能進化です。エッジコンピューティング環境では、システムは高負荷な同時リクエスト、限られた計算リソース、そしてレイテンシに対する極めて高い感度という 3 つの課題に同時に直面します。従来の gzip では、このような状況で圧縮率と速度の両立が難しく、高圧縮率を追求すると処理が遅くなり、速度を優先すると帯域幅を浪費するという問題がありました。

Zstandard の登場は、まさにこの「性能トレードオフ」を打破しました。低圧縮レベルでは gzip よりも高速でありながら、中高レベルでも優れた圧縮比と伸長性能を維持できます。これにより、エッジノード上でリアルタイムの負荷に応じて、レイテンシとリソース利用率のバランスを適応的に調整するのに適しています。さらに重要なのは、Zstandard が動的コンテンツに対して本質的な優位性を持っている点です。ストリーミング方式で API レスポンスやログデータを圧縮でき、ミリ秒単位の許容レイテンシ内で圧縮を完了するため、データ全体をキャッシュしてから処理する必要がありません。OpenResty Edge のオリジン通信における帯域幅最適化と組み合わせることで、この効率向上はシステムレベルで顕著な性能改善をもたらすことがよくあります。

これは、OpenResty Edge で zstd 圧縮を有効にすることで、以下の効果が期待できることを意味します。

  • ユーザー体感の応答速度が向上します
  • 帯域幅の利用効率が高まります
  • CPU コストをむしろ低減できます

性能工学の分野において、このような「三方良し」の最適化は非常に稀です。もし gzip が「圧縮できるかどうか」という問題を解決したとすれば、zstd が解決したのは「いかに高速に、いかに賢く圧縮できるか」という問題なのです。

OpenResty Edge で Zstandard 圧縮を有効にする方法

OpenResty Edge では、Zstandard (zstd) 圧縮はあらゆるレベルで設定可能な機能として設計されています。グローバルに有効にすることも、特定のアプリケーションやパスに対してきめ細かく制御することも可能です。

多階層設定アーキテクチャ:柔軟性と制御のバランス

OpenResty Edge の設定システムは、異なる階層で圧縮ポリシーを定義することに対応しています。システムは優先度に基づいて最も上位の階層の設定を自動的に適用し、柔軟性と一貫性の両方を確保します。設定階層は優先度の高い順に以下の通りです:

  1. ページルール設定
場所:アプリケーション > HTTP アプリケーション > 特定のアプリケーション > ページルール > アクション > ゲートウェイ Zstandard を有効にする / Zstandard タイプを設定する

最もきめ細かい制御方法であり、特定の URL パスや条件に対して zstd 圧縮を有効にできます。性能が重要なインターフェースや高トラフィックのリソースの個別最適化に適しています。

  1. グローバルカスタムアクション設定
場所:グローバル設定 > グローバルカスタムアクション > アクション > ゲートウェイ Zstandard を有効にする / Zstandard タイプを設定する

再利用可能な zstd 圧縮アクションを作成し、複数のアプリケーションで統一的に呼び出すことができます。多チームでの協力や大規模な運用において特に有効です。

  1. アプリケーション設定
場所:アプリケーション > HTTP アプリケーション > 個別アプリケーション > 設定 > Zstandard

個々のHTTPアプリケーションに対して圧縮ポリシーを定義し、zstd圧縮を迅速に有効化または調整できます。アプリケーションレベルのパフォーマンスチューニングやカナリアリリース(灰度実験)のシナリオに適しています。

  1. グローバル書き換えルール設定
場所:グローバル設定 > グローバル書き換えルール > アクション > ゲートウェイ Zstandard を有効化 / Zstandard タイプを設定

特定条件(リクエストヘッダー、パスパターンなど)に基づいてシステムレベルの圧縮ロジックを定義するために使用します。複数の環境で圧縮ポリシーを一元的に適用できます。

  1. グローバル共通設定
場所:グローバル設定 > 共通設定 > Zstandard 設定(デフォルトで有効)

システムの基本的な圧縮パラメーターを提供します。デフォルトでは、主要な MIME タイプ(HTML、CSS、JSON、JS など)に対して zstd 圧縮が有効になります。これにより、すべてのより上位の設定に対して安定したデフォルトの基準が提供されます。

複数の階層で zstd 圧縮ルールが同時に存在する場合、OpenResty Edge はポリシーの競合を避けるため、自動的に最も優先度の高い設定を適用します。グローバル共通設定は基盤となる層として機能し、特定の定義がない場合でもシステムが自動的に効率的な圧縮を有効にすることを保証します。

他の圧縮アルゴリズムとの連携

OpenResty Edge プラットフォームは、複数の圧縮アルゴリズム(gzip、brotli、zstd)の同時利用に対応しており、システムはクライアントの対応状況に応じて最適なアルゴリズムを自動的に選択します。

優先順位:Zstandard > Brotli > Gzip

これは、Chrome や curl などのクライアントが zstd のサポートを宣言した場合、OpenResty Edge が自動的に zstd 圧縮を適用してコンテンツを返却し、最低限の遅延と最高の圧縮率を保証することを意味します。zstd をサポートしていないクライアントに対しては、自動的に brotli または gzip にフォールバックするため、追加の設定は不要です。

概要:パフォーマンス最適化の次なる一手

インターネットのパフォーマンス最適化の歴史において、圧縮アルゴリズムはこれまで、伝送経路の末端にひっそりと存在する、あまり語られることのない基盤技術と見なされてきました。しかし、実のところ、圧縮効率はそのまま伝送効率に直結します。わずかなバイト、ミリ秒の節約であっても、何万回ものリクエストを通じて、ユーザー体験と運用コストに大きな違いをもたらします。Zstandard の登場は、単なるアルゴリズム性能の飛躍にとどまりません。それは、「より多くのリソース」に頼るだけでなく、「より賢い処理方法」によって性能向上が実現できるという、新しい最適化の哲学を象徴しています。

OpenResty Edge で zstd 圧縮を有効にすることで、単に効率的なエンコーディングアルゴリズムを手に入れるだけでなく、よりスムーズで、より軽量なコンテンツ配信経路全体を構築できます。

  • 応答時間の短縮 —— 初回パケット遅延を短縮し、動的コンテンツをより迅速に届けます。
  • 帯域幅コストの削減 —— グローバルノードでより高い圧縮率を実現し、全体の伝送負荷を最適化します。
  • よりスマートなアーキテクチャ選択 —— 適応型アルゴリズムとブラウザとのネゴシエーション機能により、あらゆる端末で最適な体験を提供します。

未来の性能競争は、もはや「速く計算する」ことだけではありません。「より速く伝送し、コストを抑え、より安定した体験を提供する」ことが求められます。Zstandard はまさに、この時代の新しい「伝送加速エンジン」と言えるでしょう。OpenResty Edge でZstandard を有効にすることは、おそらく数行の設定変更に過ぎませんが、その裏には、パフォーマンス最適化を「受動的な改善」から「能動的な設計」へと転換する、あなたの第一歩があるのです。

OpenResty Edge について

OpenResty Edge は、マイクロサービスと分散トラフィックアーキテクチャ向けに設計された多機能ゲートウェイソフトウェアで、当社が独自に開発しました。トラフィック管理、プライベート CDN 構築、API ゲートウェイ、セキュリティ保護などの機能を統合し、現代のアプリケーションの構築、管理、保護を容易にします。OpenResty Edge は業界をリードする性能と拡張性を持ち、高並発・高負荷シナリオの厳しい要求を満たすことができます。K8s などのコンテナアプリケーショントラフィックのスケジューリングをサポートし、大量のドメイン名を管理できるため、大規模ウェブサイトや複雑なアプリケーションのニーズを容易に満たすことができます。

著者について

章亦春(Zhang Yichun)は、オープンソースの OpenResty® プロジェクトの創始者であり、OpenResty Inc. の CEO および創業者です。

章亦春(GitHub ID: agentzh)は中国江蘇省生まれで、現在は米国ベイエリアに在住しております。彼は中国における初期のオープンソース技術と文化の提唱者およびリーダーの一人であり、Cloudflare、Yahoo!、Alibaba など、国際的に有名なハイテク企業に勤務した経験があります。「エッジコンピューティング」、「動的トレーシング」、「機械プログラミング」 の先駆者であり、22 年以上のプログラミング経験と 16 年以上のオープンソース経験を持っております。世界中で 4000 万以上のドメイン名を持つユーザーを抱えるオープンソースプロジェクトのリーダーとして、彼は OpenResty® オープンソースプロジェクトをベースに、米国シリコンバレーの中心部にハイテク企業 OpenResty Inc. を設立いたしました。同社の主力製品である OpenResty XRay動的トレーシング技術を利用した非侵襲的な障害分析および排除ツール)と OpenResty Edge(マイクロサービスおよび分散トラフィックに最適化された多機能ゲートウェイソフトウェア)は、世界中の多くの上場企業および大企業から高い評価を得ております。OpenResty 以外にも、章亦春は Linux カーネル、Nginx、LuaJITGDBSystemTapLLVM、Perl など、複数のオープンソースプロジェクトに累計 100 万行以上のコードを寄与し、60 以上のオープンソースソフトウェアライブラリを執筆しております。

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